菅豊 『川は誰のものか 人と環境の民俗学』
秋道智彌 『なわばりの文化史 海・山・川の資源と民俗社会』
はやいもので日本を発ってもうひと月半になろうとしている。
平日は7時半に起床。
9時から17時までオフィスにいて、
夕方は街をあるいたり、本を読んだり。
週末はだいたいパーティー。明け方まで呑むこともある。
先月はツアー同行が多くて、いろいろな地方を訪れたりもした。
そんなこんなでいそがしく毎日が過ぎていくのだけれど、
こういう本を読むと、
「ああおれ、ここに勉強しに来たんだった」
と、思わせられる。
「おれ社会人じゃなかった。学生だった」
とか、
「そうそう、こういう卒論が書きたかったんだ」
と。
洞爺湖サミットが開催されている。
議論の中心は「環境保全」だそうだが、
たった8国の首長が、環境保全のために世界共通のルールをきめようだなんて、なんかおかしくないだろうか。
京都議定書のつぎはなんだろう。こんどはどんな法律ができるのだろう。
国がきめたルールは地方にいきわたり、地方のルールはそれぞれの地域に適合される。
資料が確認されるだけで何百年、そしておそらくは何千年の歴史のなかで形づくられてきた「ローカルルール」は、いま「環境保全」だとか「持続可能な開発」とかいう大義名分のまえで、姿を消してしまっている。ほんとにそれでいいのか。この二冊は、そんな「ローカルルール」の歴史といまにスポットライトを当てた論文。
『川は誰のものか』は新潟県岩船郡山北町をながれる大川と、その流域9村を舞台としている。大川はサケが遡上する川だ。そこででてくるローカルルールの目的は、「9村でとれるサケをいかに平等にわけるか」というものだった。このルールは400年ちかくのあいだ、大川を資源とする人びとによって、形を変えながら存在してきた。
川を遡るサケを下流で取り尽くせば、産卵できずに絶滅してしまう。網を流せば、必要以上にサケを取りすぎてしまう。大川では、資料で確認されているだけでも1619年から、コドと呼ばれるおよそプリミティブな漁具と漁師の技量だけで、現在まで漁をおこなってきた。争いもあったが、そのときどきに村々で会議をおこない、「人と自然の関係」というよりは「人と人の関係」がうまくいくよう、ずっと話し合いがおこなわれてきた。その結果として「人と自然の関係」もうまくいったのだが、それは二次的な効用にすぎなかった。
いま「持続可能な開発」だとか「サスティナブル」などということばが特にさけばれているけれども、それは目新しい概念では決してない。ところが、ローカルルールをトップダウンで踏み潰しておいて、またしてもトップダウンで「持続可能な開発」「サスティナブル」などとさけぶ声が、あまりに大きすぎるとおもう。人と人、人と自然のかかわりのなかで精製されてきた知恵・技術を置き去りにし、近代科学の発展のみを下敷きにして。だれのための開発で、だれのための環境保全なのかと、問いただしたくなる。
逆に、民俗学をよりどころに、「それじゃ、うまくいかないよ」と、さけぶのが、この二冊。
たんねんに民俗資料を調査して、さりげなく通説を批判する。
だれもが見落としていることがらから、ソリューションを手探りしていく。
けっして一面的なかんがえにおちいるということがない。
こんな気持ちのいい論文を、自分も書いてみたいとおもった。
宮本常一 『民俗学の旅』
データベースに確認されるだけで、その著作数は11,186。
日本じゅうを歩き回った、稀有の民俗学者、宮本常一。
本書は、著者が晩年につづった自伝的エッセイになっている。
ページをめくるたび、もっと旅をしたくなった。17章「若い人たち、未来」では、世界各国を旅し、あるき、みて、きき、まなべ、という著者の想いを存分にうけとることができた。
さいきんハンガリーでも田舎のほうに行くことがおおい。
たとえばホッロークーというすばらしい村に二度いったことがあるが、そこで村の語り部のおばあちゃんにお会いした。しかしながら、ハンガリー語がわからないので、話を聞くことができない。あるいたり、みたりすることはできるが、きくことができない。真剣にハンガリー語を勉強したいとおもった。
ふだん生活していると、ふと「卒論なんにしよーかなー」と、かんがえることがおおい。思いつくだけでも、
ワイン、
川漁師、
牧畜、
屠殺、
ハンガリー周辺諸国のハンガリー人コミュニティ、
ホッロークー、
ホルトバージの騎馬文化、
カロチャの刺繍、
なんて、候補がある。
いずれにせよ、現地語がしゃべれないと。
さて、よそ者としてこの国におじゃまし、どんな調査をさせてもらえるのか。
ちょっとでもおもしろいものになればいいんだけども、テーマになりそうなものはごろごろある。ということは、やはりおもしろさは自分の努力に比例するんだろうな、と。
竹内謙礼 『御社のホームページがダメな理由―98%は死んでいる 』
かるい本なので2時間で読んだ。
構成もシンプル。「ダメな理由」が16とおり、成功事例が5とおり掲載されている。
本書の作者は1970年生まれ、38歳。インターネットがつくられたのがこの12、3年であることを考えると、ウェブの世界でゴリゴリやってきた世代だ。
読了後Amazonのレビューなどを見てみたところ、
「ホームページ担当者必読の一冊」「もっとはやく読んでおけばよかった」
という肯定的な意見と、
「結局どうすればいいのか?」「批判、失敗事例ばかりで役に立たない」
という否定的な意見がフィフティーフィフティーになっているようだ。
いま現在、ホームページ制作というまったくやったことのない分野に身を置いていることもあって、個人的にはとても役に立った。ウェブ制作におけるワークフローは理解できても、それぞれのプロセスの実態は見えにくい。本書はそんな現代のウェブ制作実情を、たくさんの事例でリアルに浮かび上がらせた一冊になっている。
矢田俊隆 『ハンガリー・チェコスロヴァキア現代史』
ブダペストの古本屋で購入した本。
Amazonのリンクを貼っておいてあれだけども、現在Amazonでは買えない様子。
内容は、
①古代~WW1、
②WWIとWW2、
③WW2~1989、
④1989年以降、
の、おおきくよっつの時期に区分される。
①~③までは1970年に書かれ、④は体制転換を受けた90年代に書かれた。①~③までは写真、図などがたくさん使われているのに、④にはひとつも出てこない。89年の情勢をうけて「緊急加筆」したものらしいことがわかる。
史実が事細かに説明されているので、高校の世界史の教科書を読むように、じっくりノートをとりながら読んだ。ハンガリー、というかパンノニア大平原の歴史をダイジェストでみるとなると、以下のようになる。
紀元前 ケルト人の入植
↓
1~4C 古代ローマ
↓
5~9C フン族、アヴァール族、ロンバルト族が入植
↓
10C マジャール人(ハンガリー人)による国土征服
↓
11C キリスト教へ改宗、神聖ローマ帝国のいち公国に
↓
13C モンゴルによる支配(1年)
↓
15C アドリア海~バルト海、ウィーンを支配(ハンガリー公国黄金期)
↓
16C トルコによる占領(100年)
↓
17~18C ハプスブルグ家による支配
↓
19C ハンガリー=オーストリア二重帝国(自治回復)
↓
20C 二度の世界大戦敗北とワルシャワ条約機構加入、
1956年のハンガリー動乱と1989年の民主化。
ハンガリーは中世にその黄金時代をむかえて以降、あとは斜陽の歴史をたどっている。モンゴル、トルコ、ハプスブルグ、ナチス、ソ連につぎつぎと支配され、ついに自由を手にしてまだ20年も経っていない。なんと苦難の歴史をたどってきたことか。
このダイジェストだけを見ると、だれでもそんなふうにおもうとおもう。
でもたとえば、ハプスブルグからは自治を勝ちとった。トルコの温泉はのこしたが、モスクはこわして教会に変えた。WW2後の選挙で、実はモスクワよりの社会党は完敗している(当初ハンガリー民衆は共産主義を拒否した)。また、鉄のカーテンを最初にやぶったのはハンガリー政府の判断によるもので、これがベルリンの壁崩壊、ソ連崩壊のきっかけになった。
歴史はうわすべりさせてるだけじゃおもしろくない。とくに19Cから20Cにかけて、いくつものストーリーを緻密に追うことができ、とてもたのしく歴史を勉強できた。またチェコスロヴァキアと同時に扱っている点も、理解しやすく比較もできるのでGOOD。本のウラ表紙に以前の持ち主とおぼしき名前が書いてあった。
及川徹さん、小野雄太郎さん、ありがとうございます。
そしてずっと保管してくれてた古本屋のおじさんにも、ありがとう。
Waiter, Is There Pesticide In My Soup?
33 minutes ago

2 comments:
久々に日本語ですな^^
なわばり~は今日偶然ゼミで「面白そう!」って思った本だー!
相変わらずすごい勢いで読書してるんだね…負けてらんないな~~~><;
サミット終わったけど、結局どれくらい意義があったのかいまだにわからない。。。
@ササ
コメントサンクス。
すごい勢いで読書できる時間があればいいんやけどな。まあ、あいた時間に読んでます。
仕事はほどほどでええから、できればずっと本読んでたいわ。勉強不足を感じるまいにち。知りたくてしかたないことが、たくさんあります。
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