Feb 18, 2009

さいきん読んだ本15

二週間強、日本ですごしましたが、おとつい、大雪のブダペストに戻ってきました。



佐野眞一 『あぶく銭師たちよ!―昭和虚人伝』

リクルートの江副浩正、
地上げの帝王早坂太吉、
代々木ゼミナールの高宮行男、
占い師の細木数子、
フジテレビの鹿内春雄、
みやこ編み物の斉藤都世子…

バブル時代に「あぶく銭」を手にした各人の半生を振り返った人物評。

基本的には拝金主義にまみれた以上の人物を扱き下ろしているが、最後に「さて私たちは彼らを笑えるだろうか」「バブルのような、すさんだ時代をつくったのはだれなのか」という問いかけがある。バブルははじけたとはいえ、社会構造はそんなにかわらない時代に生きている自分ら。だれでもこの6人のように、周りが見えなくなってしまう可能性も、そしてもうそうなってしまっている可能性もあるのだとおもう。



石川拓治 『奇跡のリンゴ-「絶対不可能」を覆した農家・木村秋則の記録』

無農薬栽培に挑戦した青森のリンゴ農家、木村秋則を追ったノンフィクション。

ある意味では、『あぶく銭師たちよ!』に出てくる6人を笑うことのできる稀有な人なのかもしれない。
太り気味の自分が言うのも気が引けるが、「太ったブタよりも痩せたソクラテスになれ」というのは、リクルートの江副氏が東大在学中に総長から聞いた言葉であるらしい。アマゾン本部門で21位という売れっぷりから見ても、自然に従って生きる木村さんは、いまを生きる人から求められているのだろう。

最高におもしろかった。



村上春樹 『走ることについて語るときに僕の語ること』

走る小説家村上春樹の、走ることを中心とした事象録。

いまや世界の文豪とまで言われる村上春樹の生活を覗くことのできる一冊。

安直ながら、村上氏の初フルマラソンはアテネからマラトンまでだったと聞いて、自分も挑戦してみたくなった。現在、前向きに検討中…。



秋道智彌 『クジラは誰のものか』

ともすれば感情論に走りかねない捕鯨をめぐる議論。人間とクジラの関わり、捕鯨が日本文化に与えた影響など、論点も整理してくれる新書。

ある日、カナダの友達から「おまえら日本人はなんでいまもクジラを食ってるんだ」と言われ、ちょっと口論になった。別のある日、ルーマニアの友達から「今度おれグリンピースに入るわ」と聞かされ、また議論になった。どちらも平行線だったが、勉強不足が恥ずかしかった。そんなこともあって、手にした本書。

古くから日本人のDNAに刻まれていたと思っていた、この国特有の自然観。忘れ去られて良いわけがないとおもうし、日本人として世界に発信すべきとおもうのだが、どうもというか、やはりというか、自分には、あまり備わっていなかったようだ。

古来の日本人、とくに高度成長期以前の日本人と、いまの自分とで、自然観に圧倒的な隔たりがあることに気づく。その隔たりは、「変わった」というより「失った」ことで出来たと言ったほうがよいのかもしれない。

自然との関わりを失ったことでできた隔たり。そのことを、もったいないと思う人がたくさんいるかどうかで、捕鯨のように、地球規模で考える必要がある議論での日本の国際的立場と、ひいては健全な議論自体がなされるかどうかということが、大きく変わってくるのだと思う。



水村美苗 『日本語が亡びるとき-英語の世紀の中で』

この本のはじめでは、多くの人がなんとなく気づいている「英語くらいできないと…」という事実を、改めて積極的に露呈してみせる。そして、そう遠くないうちに日本語で文学がなされることはなくなると、やや終末論的ながらも展開する。ネットでもいろいろと物議を醸した問題作、話題の書。

たとえば、先のクジラの例でいえば、Facebookの「FUCK OFF JAPAN... LEAVE THE WHALES ALONE!!!!」というコミュニティには、世界中に31万人をこえる登録者がいる。当たり前だが、彼らと議論するには、理路整然と持論を展開できるだけの英語が必要になる。

グローバリゼーションのなかで、なんとも生きづらい時代に生きているとおもう。

本書の主張は、たぶん正しいのだろうと感じる。



鷲谷いづみ『自然再生 -持続可能な生態系のために』

人間は自然の一部で、他の生き物がいないと生きていけない。
それを足枷と見なしていようとも、無自覚であったとしても、事実としてそれは変わらない。
本書は自然との共生を説いており、新書のわりに例も豊富で、勉強になった。
ただ、副題が大仰に聞こえてしまうのが、少しだけ残念。



山本兼一 『利休にたずねよ』

千利休切腹までをドラマティック描いた小説。
独特の世界観は、大河ドラマでは難しいだろうな。
そしてたぶん、ドラマにしたところで、大衆受けはしなさそうな作品。
美しくて、含蓄のある漢詩も魅力的。
改めておもう。こんなストーリーを創ってしまう小説家の想像力はすごい。
「こんな器の人間がどこかにいてほしい、現代にも」
筆者の想いはそういうところにあるのかなと感じた。


田中森一 『塀のウチでもソトでもしゃあない男ら』

検事、弁護士、そして囚人まで経験した田中氏の交遊録。
内容は過激ですが、気軽に読めます。


城山三郎 『そうか、もう君はいないのか』

小説家城山氏が、奥さんに先立たれてから自らも亡くなる寸前に綴ったもの。
最後は病気に犯されつつも、書いててすごく楽しかったんじゃないかな、なんて勘ぐりたくなるくらい、全体通して気持ちがいい自叙伝。

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